はじめての海外文学

頭がふっとぶほどおもしろい海外文学のお話や、イベント、本屋さんのお話など本にまつわることを中心に書いていきます

はじめての海外文学必読書!『翻訳百景』のすすめ

さっそくですが、本当はもう少し落ち着いてからにしようと思っていたブログリニューアルをどうしても今やらねば、そしてこれを紹介せねば!と思わせられた1冊をまずはご紹介したいと思います。

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『翻訳百景』 越前敏弥 角川新書 初心者おすすめ度 ★★★★★ (っていうかもうマストリード)

www.kadokawa.co.jp

techizen.cocolog-nifty.com

 

はい、こちらです! (リンク下は著者越前さんの同名のブログです)

この本自体は海外文学ではないのですけどね。

タイトルからもわかるように、翻訳という仕事についてのあれこれを決して専門的にというわけじゃなく、誰にでもなじみやすいことばで浮き彫りにした1冊です。

 

普通に考えたら少しでも翻訳という仕事に興味を持っている人たちが読む本なのかもしれません。

 

でもこれ、わたしは今まで海外文学を敬遠してきた方にこそ本当におすすめしたいのです。

 

著者の越前敏弥さんは、海外文学好きじゃなくても誰もが知っている、世界中を席巻したあの『ダ・ヴィンチ・コード』をはじめとするラングドンシリーズをすべて翻訳していらっしゃる翻訳家です。

 

ところで翻訳家という仕事について、今まで考えたことがある方いらっしゃいますか?

 

”ある”という方、もうすでに海外文学はけっこう読まれているのではないでしょうか。

 

わたしは海外文学もともと好きでしたけれど、おもしろそうと思ったものを片っ端から手に取るというだけで、例えばその作品に別の翻訳が出ているかもしれないということはあまり考えなかったし、ましてや翻訳家という仕事がどういうことをするものなのか、英語ないし他の言語を日本語に訳す……ということ以外はまったく知りませんでした。というより正直あまり考えたことがなかったのですね。だいたいみんなそうなんじゃないかなぁと勝手な憶測ですが思うんです。

 

ところが書店員になってから(あ、わたし元書店員なのですが)何人かの翻訳家の方々と出会い、お話を聞くにつれて、これはどうやらとんでもなく深い仕事をしている人たちだぞということがわかってきました。

 

 それで興味を持つようになりました。でもやっぱりどうも具体的にどんなことをしているのかは判然としなかった。基本的に翻訳家さんというのは自分は裏方の仕事であるということを意識していらっしゃる方が多いのか、あまり前に出ていらっしゃらない。越前さんもこの本の最初のほうで仰っていますが、やはり著者や作品のイメージをくずさないように自分は写真なども公表しないようにしていたということでした。

 

やっぱり!!

 

でも知りたいんですよ。

 

英語だけだって作家によって表現の仕方はまったく違っていて、同じ言葉でもこの作品はこう訳すとか、時代背景に合わせて語尾を変えるとか……こちらはもっとリズムを重視したほうがいいから日本語は全然変えてみる……とか、それこそ正解のない世界。それなのにその訳によって日本の読者の受け止め方がまったく変わってしまうという、かなり責任重大な仕事ですよ。生半可な努力じゃ出来る気がしません。

 

そんなふうに思っていたときに、この本が発売されました。

 

さっそく読んでみて、気になっていた翻訳家という仕事についてかなり知ることができたということ以前に、この本がものすっっっっっっっっっっっっっっっっっごくおもしろくて、ひっくり返りそうになりました。

 

あのこれ大げさじゃないですよ。

本当にページをめくる手が止まらなかった。

 

本書は

第一章 『翻訳の現場』

第二章 『ダ・ヴィンチ・コード』『インフェルノ』翻訳秘話

第三章 『翻訳者への道』

第四章 『翻訳書の愉しみ』

 

という四部構成になっています。

 

それぞれが翻訳の仕事やそれにまつわるあれこれについて、実体験を元に越前さんのことばで語られています。このブログを読まれている方の中には、わたし翻訳者を目指しているわけじゃないから、少なくとも第一章と第三章は読まなくてもいいなと思われた方もいるかもしれないけど、ちょっと待ってください。

 

そこがまずおもしろいの!

 

第一章では、まずは翻訳者と言っても文芸翻訳とは何か、他の翻訳者とどこが違うのかというところからはじまります。これが本当に丁寧にユーモアあふれる文章で教えてくれていて、わたしも改めてあぁ自分はここからまず分かっていなかったんだなと気づくことになりました。

 

それから過去に交わした優秀な編集者さんとのお仕事。なんとやり取りしたゲラ(校正中の原稿)がそのまま載っています。これがもう面白いなんてもんじゃない。だって普段見ることできないじゃないですか、翻訳者と編集者のやり取りなんて。トル(校正用語でいらないことばを取ること)とか書いてあるんだよ(ソコ!)。

 

そんな現場での実際の仕事を、ばーんとおしげもなく見せてくれているのが第一章なのです。

 

そして第三章は、これはもういろんなところにブックマークしたくなるし、線を引きたくなりますよ。やはり、第一線で活躍される方の努力は並大抵のものじゃないのです。わりとさらりと書いていらっしゃいますが、それはもう驚きの連続でした。そして失敗に対する考え方も、やっぱり違うなぁと。今からでも心に刻もうと目の覚める思いで読みました。ここでは教えない。読んでくださいね。にっこり。

 

そんな第一章と第三章はぜひともじっくり読んでもらいたいところなので、読み飛ばさないように! (と言っても1ページでも読んでもらえれば読み飛ばすことなんてもう不可能なのですが)

 

そしてもちろんあの『ダ・ヴィンチ・コード』や『インフェルノ』秘話が読める第二章、それから記憶に新しい『ストーナー』などの翻訳家東江一紀さんの一周忌に行われた『ことばの魔術師東江一紀の世界』のイベントについて(当ブログでも報告していました)や、『思い出のマーニー』翻訳秘話など興味深い話が目白押しの第四章はもう目が離せなくなって一気読み必須です。

 

とここまで内容について書いてきましたが、内容もさることながらこの本の何が一番魅力的なのかと考えたところ、やはり越前さんの人柄なんだろうなと思います。

 

そりゃあすごい方なんですよ。KADOKAWAだって『ダ・ヴィンチ・コード』とか社運を変えるくらいの本の翻訳を、誰でもいいとは思ってないです。

 

でもこの文章は少しもきどっていなくて、自然体。それ以上にそこかしこからあふれる本と翻訳という仕事への愛がこれまた自然に、そしてユーモアとともに書かれていて好きにならずにはいられません。

 

だからこそ。

 

この本を、翻訳小説はあんまり読まないなぁ、とか、訳文が苦手で……とか思っている方にぜひとも読んでみてほしいんです。

 

あのよくテレビとかでありますよね。

お仕事の舞台裏を特集する番組。それこそ『情熱大陸』とか……?

ああいうのを見るととたんに今まで興味のなかった世界に色がついて、ものすごく魅力的に思えてきたりしませんか?

 

この本にはああいう面白さがありました。

 

今まで知らなかった、考えてみたこともなかった翻訳という仕事。

たまにはそういう自分には必要ないと思っていたことを知るということもいいんじゃないでしょうか。

新しい世界が開けるかもしれないし、もしそうじゃなかったとしてもこの本はこれだけで十分面白いですからご安心を!

 

わたしはもう書店員ではないので、この本を売り場に並べることができないのですが、もし出来たとしたら間違いなく文芸書売り場の海外文学コーナーに並べます(本来はだいたい新書売り場かな)。

 

『海外文学苦手?

ならばまずこれを読め!!』

 

というPOPをつけて!

 

 

 

 

ブログ、リニューアルいたします

『はじめての海外文学』

すみませんいきなり、タイトルからこれに変えさせていただきます。

 

もう最初からこうすればよかったんだけれども・・・。

 

ちょっとこのタイトルは大げさかなぁというのと、そういうものに限らず面白かった本はすべて紹介するというものにしたかったので、全然関係のないタイトルをつけていた次第です。

 

でもやっぱり、自分が伝えたいことって何だろうとじっくり考えるなかで、わたしはどうしても海外文学の面白さをもっともっといろんな人たちに知ってほしいと思っていることに気がついたんですよね。三度のメシより海外文学!!・・・なわけないけど、ごはんはだいじだけどね。

でもこのまま出版点数がただただ減っていくのを、指をくわえて見ていることなんてできないなと。

 

だから、もっと伝えるために、もっといろんな人に見てもらえるように、わかりやすく凝縮してみようと思いました。

 

本当は、海外文学初心者ってなに??って感じなんですよ。

別に初心者とか通とかいらないし、好きなものを好きなように読んだらよくない?って。もう本当にそう思ってるし、それをしている方はもうどうかそのままで突き進んでもらいたい。でも現実は厳しくてそういう方はどうしてもごく少数派。だからやっぱり伝えていかないとなくなってしまうんですよね。好きなものをなくしたくない。ただそれだけなんですけど、言葉にするとなんかおおげさになってしまうのよなぁ・・・あぁわたし貝になりたい(うろおぼえ、、、)。

 

内容については具体的に海外文学苦手な方や、あまりよく知らなくて何を読んでいいのかわからないという方に向けて、わたしもまだまだ知らないことが多い世界ですので一緒におもしろいもの探しませんか!という方向をベースに、単純に読んで面白かった本や、よさそうなイベント、本屋さんなどをご紹介できたらと思います(あんまり変わってないですね、すいません)。

 

そしてこれは試運転というか試しになんですが、本については、初心者向け度という星をつけてみたいと思います。

 

★★★★★ MAX5つは超初心者向けです。

★★★★☆ 4つ 初心者におすすめです。

★★★☆☆ 3つ はまる人にははまるはず。

★★☆☆☆ 2つ 好き嫌いがわかれるかも。

★☆☆☆☆ 1つ 少し海外文学に慣れてからおすすめします。

 

本来わたし星をつけるのは好きではなくて、なぜかというとそれは本当に個人的なたったひとつの趣向であるのに、なぜか絶対的な作品の評価に見えてしまうことがあるからで。

でも今回つけてみるのは作品としての評価ではなく、ただの指標として(もちろんこれもわたしの個人的な一意見ですが・・・)どのくらい初心者向けかという程度の星になります。これに関してはまぁお遊び程度の目印くらいに受け取っていただければと思います。

 

引き続きリンクは基本的に出版社の紹介ページにとぶようになっております。

なるべくならご自身のひいきにしている本屋さんで買っていただきたいからです。

 

わたし自身がいろいろ勉強中なのに加え、絶賛子育て中なので、ブログの更新は本当に気ままで、不定期になりますが、もしよろしければ気長におつきあいいただければ幸いです(そしておとなりのあんまり海外ものを読まなそうなおともだちに広めていただければこれ本当に幸いです)。

 

 

チェルノブイリ原発事故より30年、いつになったらこの祈りは届くのか『チェルノブイリの祈りー未来の物語』

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すっかりご無沙汰しております。
ちょっと子どもを産んでおりました。
 
産む前は、産後しばらくは書けないだろうけど、まぁ3ヶ月もすれば少しずつは復活できるかなぁ、、、なんて甘い考えでいたのですが、、、、うん無理。
 
今もまだまだ文章を書く余裕はほんとになくて、なかなかパソコンの前に座れもしない状態なのですが、それでも今回なんとか更新したいと思ったのは、やっぱりそう思わせられた一冊の本に出会ったからです。
 
それがこちら
『チェルノブイリの祈り』スベトラーナ・アレクシエービッチ 岩波現代文庫
 
そう、先日ノーベル文学賞に輝いたのが記憶に新しい、ベラルーシの作家さんです。
 
正直、ベラルーシ?あれ?それどこだっけ?なんかあのへんだよなぁ、、、くらいの認識しかなかったのですが、あのチェルノブイリ事故の汚染地と聞いて再度あれ?となりました。
チェルノブイリってベラルーシだったんだっけ?なんかウクライナ?ロシア??その辺だったようなー。
あいやー、、、無知でほんとすいません。
 
調べてみると確かにチェルノブイリ原発があるのはウクライナ(当時ソビエト連邦)なのですが、ちょうどベラルーシ(当時白ロシア)との国境付近に位置しているのですね。そして、あの事故の後汚染物質がより多く流れていったのは、なんとベラルーシなんだそうです。ウィキペディアによると周囲10000㎢がかなり高濃度のセシウムに汚染されたそうですが、そのうち7000㎢がベラルーシだったと書いてありました。
 
ほとんどだ。
 
まー何にも知らないもんだな。日本でも福島の原発事故があって、原子力発電を持つということがどういうことなのか突きつけられたばかりだっていうのに、自分のこの意識の低さに愕然としました。ほんと、はずかしいわーーー。
 
さてこの本ですが、とはいえそのチェルノブイリ原発事故の概要や、当時から今でも隠されている真実を探るようなものではまったくありません。
 
簡単に言ってしまうと、当時その場所にいた人々、今現在(正確には取材当時なので20年も前ですが)その場所に住んでいる人々、消防士や原発作業員として働いて明らかに放射能の影響で亡くなった人たちの妻、後遺症に苦しむ子供たち、そんな実際にその場で生きて呼吸している人たちの声を淡々と拾い、淡々と記しているだけの本です。
 
劇的な感情に流され同じ言葉を繰り返すだけの人。すべてを諦めた後の静かで冷たい目を感じる言葉。子供たちの無邪気だからこそ、すべての大人を黙らせる力を持った痛烈な一言。そんな言葉たちを拾い集め、ただ本当に淡々と並べただけ。
 
言ってみれば本当にシンプルなそれだけの本なのに、読み終えてしばらくはことばがでなかった。のどがカラカラに乾いて息ができないような気分になりました。
 
ここにあるのは、どんな検証文献よりもずっと圧倒的な“真実“だった。
そしてさらに、誤解を恐れずに言うのなら、まぎれもない“文学”でもありました。
 
これが人間。
そこで実際に呼吸して生きているとはこういうことなのだ。
それはどんな報告とも全然違う。どれだけ部外者が詳細に調査をして、長い期間をかけて調べ上げた調書だとしても、これとは本質がまったく違うものだろうと感じられました。
 
今現在、原発事故といえば“フクシマ”というカタカナ4文字が出てきてしまうようになってしまいましたが、ほんの5年前までそれは“チェルノブイリ”でした。
 
チェルノブイリという土地はそういった意味でまったく違う場所になってしまった。
それもほとんどが人災によってです。
 
政府や発電所の責任者たちは事故が前例のないものだったために、やーもしかして意外と大丈夫なんじゃね?うんそうだよ放射能っていったって目に見えないしそんなものが人体にどうやって影響をおよぼすのかねきっと大丈夫だよ大げさだなぁパニックが1番こわいのだよ落ち着きたまえきみもう火災は鎮火したんだから(想像)って感じで発表しなかった。それゆえに地元の人たちや、消火にあたった消防士、発電所の職員たちは逃げずに対応して被爆し、苦しみ抜いて死んでゆきました。
 
チェルノブイリは、かつては緑豊かな非常に美しい土地だったといいます。
 
それがもうチェルノブイリということばからは原発事故のことしか浮かんでこないようになってしまった。
 
福島も悲しいことにまったく同じ。
フクシマと書けばそれはあの豊かな自然のある食べ物の美味しい土地ではなく、原発事故のことを指すことばになってしまいました。
 
それが実際にそこに住む人々にどのような影を落とすのか。
わたしたちは日本人だからというだけではなく、ただ人として今一度考えてみなければならないと思いました。
 
幸い、フクシマ原発事故はチェルノブイリほど人災が酷くはなかった。政府の対応もあれと比べれば相当早かったし、食い止められたことも多いと思います。でもまだまだ5年。これから先厳しい戦いが続くでしょう。
 
4月でそのチェルノブイリ原発事故から30年がたちます。
わたしは今、その地に住んでいた人たちの声が聞こえるこの本に出会えてよかった。遅すぎるぐらいだけど、それでも出会わないよりは100万倍マシ。本当に強くそう思います。
 
文学をはじめ、芸術は生きるのに必要ないものと思われがちですが、そうではない。そういうものではそもそもなく、文学とは、芸術とは、もう血であり肉であり、生きて呼吸している人たちの生命の力そのものだと確信を持って思えたから。
 
スベトラーナ・アレクシエービッチ。ノーベル文学賞受賞により、もっともっと広く読まれてほしい作家だと思います。賞を取ったときに群像社で出版されていた作品の版権が切れていて、増刷されなかったというニュースを本当に悲しく見ていたのですが、

www.huffingtonpost.jp

やはりさすがです。我らが岩波書店がきっちり引き受けてくれました。『戦争は女の顔をしていない』『ボタン穴から見た戦争ー白ロシアの子供たちの証言』2作が岩波現代文庫より発売になるそうです。(2/16ごろ発売)
 
これを機にたくさんの人の目に止まることを心より願います。

数学少女??に疑問あり!だけどつい好きになっちゃう『国を救った数学少女』ヨナス・ヨナソン

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『国を救った数学少女』ヨナス・ヨナソン 西村書店http://www.nishimurashoten.co.jp/pub/details/403_724.html

前作『窓から逃げた100歳老人』の大ヒットが記憶に新しい、スウェーデンのルーキー、ヨナス・ヨナソン氏の新作が早くも翻訳されるとのことで、そりゃあもう読まないわけにいかないでしょう!

今度の主人公は老人じゃなく、少女。それも"数学少女"というなんだか心ときめくワード。
普段はじいさん派のわたしですが、十分わくわくしましたよ。しましたけれども………!

単刀直入に申しまして、その部分はちょっとだけ期待ハズレ。数学少女と言うわりには、理路整然と問題を解決していくような場面は少なく、あまり計算されておらず、むしろ運だけで乗り切っていくようなところがあり、え、え、えーーー???となりました。ちょっぴり。

だけど、それを除けば前作同様、相変わらずのハチャメチャっぷりは健在で、『〜100歳老人〜』を読んだ方はわかると思うけど、まあほんとに次から次へとよくもそんなこと思いつくもんだ……という展開で、ジェットコースターのよう。舞台も南アフリカからスウェーデンと全く違う場所に移り、今回もムチャクチャに動かされる世界の実在する要人たち(胡錦濤なんかもでてくる)。なんたって1番すごいのはいち少女が一国を滅せるほどの核爆弾を家の倉庫に隠すという展開。唖然でしょう。

でもこれが、ヨナソン氏の作品の魅力。
それこそありえない展開は小説の世界にはあふれてるけど、誰も思いつかない展開っていうのはなかなかお目にかかれない。そういうのをいとも簡単に次から次へと出してくるのがこの著者の特技??じゃないでしょうか。
そして、もうひとつ忘れちゃならないのが脇役の存在。今作は前作にも増して、脇役が非常に魅力的。
南アフリカで掃除婦をやっていたときに出会う中国の三姉妹は、度胸があるってもんじゃないくらいぶっ飛んでるし、スウェーデンで出会う双子の兄弟の兄の方とガールフレンド。こいつらがまたほんとにバカなの。最終的にはおバカとしか呼ばれなくなるこのふたりだけど、最後のガールフレンドの奇行は、痛快すぎて本当に爆笑。つっこみどころ満載なんだよ、ほんとにもう。

というわけで、結局またヨナソン氏の奇術にまきこまれ、読み終わるころには船酔いのようなクラクラ感で酩酊状態だったのでした。

ちょっとスカッとしたい…とか、ここんことろ楽しいことないなーーってひと、これを読まない手はないでしょう。必ずやあなたを、ぐるんぐるん振り回して、前後不覚にし、日常のメンドクサイことが一瞬にしてどうでもよくなるような、そんな読後をもたらしてくれます(ほめてる)。お試しあれ!






『歩道橋の魔術師』呉明益

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誰にでもひとつやふたつ、思い出すだけでたちどころに色やにおいや、湿度まで立ち上がってくるような、深く心に根付いている場所ってあると思う。
それは、生まれた家かもしれないし、小学校の校庭かもしれない。おばあちゃんの家かもしれないし、昔通った映画館かもしれない。
 
この本を読んでいたときに、自分にとってのそんな場所を思い出して、ひそかに胸を焦がしてじくじくしてしまった。
そういう場所はおそらく人にとって、自分を形作る様々な水脈が流れる源なのではないだろうか。誰にも知られないで、ときどきこっそり訪れる自分だけの、秘密の場所。
 
この本では中華商場という、台北にあった繁華街がその場所になる。10人の子供たちが主人公になった連作短編集である。子供と言っても年齢もそれぞれ、小学生くらいだったり、10代も後半だったり。そしてそれぞれ大人になった主人公の回想として語られている。
それぞれの胸にある中華商場を、それぞれの視点から語った、まあ言ってみればたわいない物語だ。
 
でもそこには、わたしたちがたしかに持っていた、でももう失くしてしまった、そして失くしたことすら忘れていたようななにかがくっきりと写し取られていた。読んでいてハッとする瞬間が何度も訪れる。でもそれが何なのかなかなかつかめない。そして何度もジリジリと胸が焼けるような想いを経験してしまった。
 
やられたなぁ。
 
台湾には行ったこともないし、小説を読むのも初めてなのに。こんなに切なく懐かしく思えてしまうとは。
 
それはきっとこの小説の舞台"中華商場"があらゆるスキマからつながっているからなのだと思う。遊びで書いたエレベーターの九十九階のボタンが、ある日突然本物になっていたり、いつも参拝客に撫でられてつやつやになっている神社の獅子が、動き出して目の前に現れたり。かくれんぼで隠れた家の猫が、意味ありげに笑っているのを見てしまったり……
そういうことって、わたしたちの世界でもふとしたスキマにあったりするものなんじゃないかと思う。
そしてこの中華商場はそういうスキマがあちこちに空いている。そこをつないでいるのが"歩道橋の魔術師"の存在だ。
魔術師といってもただの子供だましのマジシャンで、歩道橋の上で子ども相手にマジックを披露し、あやしげなマジックグッズを売りさばいている、ともすればうさんくさい存在だ。
でも彼は物語の中のふとした瞬間に現れて、そのスキマをふいに開けたりする。
インチキ!と思っていてもドギマギしてしまう魅力がそこにある。
それがきっとわたしたちのスキマともつながっていくのだろう。
 
子どもだけじゃない。大人をも魅了するスキマの闇。それがそこここに立ち現れるのがこの小説の1番の魅力なんじゃないだろうか。
 
この小説、海外文学が苦手だという方にこそぜひ勧めたい。このノスタルジーは日本人にはすっと馴染むはずだと思う。
村上春樹と比較されそうな気もするけど、わたしはむしろ村上春樹が苦手な人にこそお勧めしたいと思った。あの独特のキザっぽさはまったくなくて、もっとずっと素直な文章だから。
 
そして翻訳が本当に素晴らしいと思う。ここまで違和感のないものもなかなかない。日本語独特の表現で中華商場の雰囲気、少し不思議な思い出のノスタルジーを醸し出すことに成功している。
 
表紙や装丁もさすが白水社エクスリブリスシリーズで、こちらも素晴らしい。
ちなみにエクスリブリスシリーズは本当にハズレがないので(ごめんなさい全部読んだわけじゃないけど)、本屋さんで見かけたらぜひ手に取ってみることをお勧めします!
 
これ、自分的に年間ベスト3には入る作品!(たぶん!)
東山彰良の『流』も直木賞受賞したし、今年は台湾が熱い!!

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