はじめての海外文学

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新世紀歴史本!『エウロペアナ 二十世紀史概説』

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こんな風変わりな本は、今まで読んだことがない。
胸をはってそう言えるほど、いっぷう変わった小説です。
第1回日本翻訳大賞『カステラ』に続いてもう1点の受賞作がこちら。チェコの作家が書いたヨーロッパ思想史
エウロペアナ 二十世紀史概説』パトリク・オウジェドニーク著 阿部賢一 篠原琢 訳

白水社 : 書籍詳細|エウロペアナ 二〇世紀史概説[エクス・リブリス]

 
小説と言えるのか、こちらは二十世紀のヨーロッパ史を思想ベースで、思いつくままにぶつぶつとつぶやいているような文章。
 
第一次世界大戦のとき発明された毒ガスの話や、それによってできたガスマスクの話。第一次世界大戦が終わると出てきたファシズム共産主義の話。ユダヤ人の話。神か科学か。アーミッシュやロマの人々。麦畑での性交。バービー人形。不妊や去勢手術。人体実験。そして芸術。
 
そんな脈絡のないような話が、まったく同じレベルで同じトーンで、たんたんと連なって語られる。
その模様は相当にアイロニカルでシュール。
人間はいったい何やってるんだ、、、。とむなしくなったり、苦笑いしたくなったり。ときどき本気でふきだしたりも、、、。
 
連想するままに、いろいろな記憶と思想を行ったり来たりしているので、ところどころまったく同じことが繰り返し書かれているところもあったりするのですが、とあるフレーズが2度目に出てきたとき、わたしは背すじがぞっとするのを止められませんでした。
それはあるイタリア兵が姉に宛てた手紙の中で「日を追うごとに、ぼくは前向きになっていく」というもの。なぜぞっとするのかは、実際読んでたしかめてみていただきたい。
著者は意図的にここで2度目をくり返しているのが明らかだし、はっきりとは言えないけれど、わたしたちが乗ってしまっている歯車はもう止められないし、後戻りできないのではないか、、、そんな気がしてしまった。
 
そして、著者の言葉で印象的だったのは、歴史はもうないということ。その言葉は行き過ぎた皮肉のように書かれていたけれど、よく考えればこのインターネット黄金時代。どんな情報もたちどころに手にすることができる。そこにはもはや時系列なんて存在しないし、必要もない。そうなってくると、わたしたちは知らない間にもう歴史というものが存在しない世界を生きているのではないか。
そう思えば、この本そのものが脈絡のない記憶のみで成り立っていて、歴史書とは言えないものになっている。
わたしたちが立っているこの世界は、もしかしたらそういう非常に危ういものの上に出来てしまっているのではないだろうか。
いつバラバラになってしまってもおかしくない、記憶の寄せ集めという集合体の上に。
 
なんて、、、ちょっと本当に恐ろしいような気持ちになってしまって、驚きました。
このたった140ページほどの薄い本にこんなに、ゆらされてしまうとは!
まぁわたしの知識が乏しすぎるので、簡単にゆれちゃうんですけどね、、、。
 
そして、阿部賢一氏と篠原琢氏、二人で前半と後半と分かれて翻訳されたとのことですが、素晴らしい翻訳だと思いました。前半と後半でまったく違和感はないし、ずっと一定のトーンを保ち続けています。そしてその結果にじみ出るユーモアも全然ブレない。
ただひとつだけ疑問が、タイトルどうして『エウロペアナ』という表記にしたんでしょう。その方が発音が近いということなのかな。『ユーロピアナ』もしくは『ヨーロピアナ』の方が意味としては受け取りやすいような気がしたのですが。素朴な疑問です。
 
いやしかし、これすごい本です。
とにかく、今まで読んだことないような本が読みたいと思っている方!
これ!絶対これ!!
『HhHH』も怪物級だったけれど、こちらもすごいです。
恐るべきチェコ文学!