『裏面 ある幻想的な物語』アルフレート・クビーン 挿絵の魔力
白水社 : 書籍詳細|U198 裏面 ある幻想的な物語[白水Uブックス]
じめじめと雨が降り続いている、まさに梅雨という天気だけど、そんな天気にうってつけの幻想小説を読んだ。
久しぶりにこれぞ幻想という雰囲気の一冊。
著者、アルフレート・クビーンはチェコ生まれでオーストリアに移住する挿絵画家。
ヨーロッパのこのあたりの国は、おどろおどろしい物語が多いですな〜。暗くて、じめっとしていて、闇の中から浮かんでくるような・・・や、全然嫌いじゃないです。
冒頭部分からかなり引き込まれた。
主人公夫婦のもとに、ある得体の知れない男がやってきて、ギムナジウム(高等中学校)時代の風変わりな友人”パテラ”から二人がとある夢の国へ招待を受けているというのだ。
いや、怪しすぎるでしょとつっこみたくなるし、本人たちもけっこう疑っているのだけれど、最終的には好奇心と手にしたお金(当面の生活費としてかなりの額の小切手がわたされる)に勝てず、その夢の国”ペルレ”とやらに向かう。
というのが冒頭。
書いてしまうとなんだか安っぽい話なのだけど、特筆すべきはその非情に大げさで、しゃちこばった固い文体の醸し出す雰囲気。
いかにも”夢の国(ニヤニヤ笑い)”へお連れしますよという胡散臭い雰囲気たっぷり。いいなーいいなー怪しいけど行っちゃうなー。そういうのほんとけっこう好きですはい。
こういう物語は、とにかくつっこんじゃだめなの。
まずどっぷりつかってみます。それができると断然読み進めるのがおもしろくなるのですよ。
とにかく話の筋は単純で、裏表紙にもだいたい書いてあるのでばらしてしまいますが、この”ペルレ”という夢の国がまぁやっぱり不穏。年中霧におおわれていて、太陽は見えないし、人々はみんな何かを隠しているような、ごまかしているような。しかも自分たちを招いた友人パテラには一向に会えない。
そして郊外には碧眼の人々というのがいて(おそらくチベットかなんかの仏教徒のよう)決して笑いもせず、”無関心の関心”というのを貫いている。(主人公がこの碧眼の人々を観察し、その哲学を解いた章が意外におもしろい。”無関心の関心”という言葉がひっかかった人はぜひとも読んでみてください)
後半、アメリカ人がやってきてからは、街には伝染病が蔓延しはじめ、徘徊する野生動物たちや腐ってゆく人間たちなどが非情な勢いで書かれる。街はもろくもどんどん崩れてゆく。この後半がすごい。前半はいったい何だったんだろうというぐらいのハチャメチャさで突き進んでゆく。ぼんやりしていると完全に置いてきぼりをくっていて、あっけにとられるほどです。
さて、ここまできてこの小説何が一番魅力的かというと、
もちろんこれはわたしの超個人的意見ですが、
それは挿絵じゃないかと思うのです。
永遠の本棚シリーズ『ゴーレム』を読んだときにも思いましたが、挿絵というのはこの手の怪奇文学にはぜひともあってほしい。
この『裏面』も適度な間隔で非情におどろおどろしい挿絵が挿入されていて、胸がはずみます。挿絵だけ見ていてもおもしろい。
想像が妨げられると仰る方もおられると思いますが、この手の小説にはわたしはむしろあった方が想像がかきたてられるなぁ。
ましてやクビーンは挿絵画家なので、そっちが本職。
正直文章は少々美しさには欠けると思います。
だから復刊に際して、挿絵を復活させてくれたのは本当に素晴らしい。
これだけで、この梅雨存分に楽しめそうなので。
欲を言えば、ぜひとも新訳で読みたかったなぁというところ。
でももちろん復刊だけでも、十分すごいこと。
世の中には人知れず消えていく名作がたくさんあるのだから。
というわけで、みなさん梅雨も夏も本を読みましょー!