はじめての海外文学

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傑作!『黒が丘の上で』ブルース・チャトウィン

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ブルース・チャトウィンについて知っていることと言ったら、『パタゴニア』や『ソングライン』などの有名な紀行文学の著者。イギリス人。といったことくらいかも。てへ。

イギリス文学も紀行文学も好きなのでいつかは読んでみたいと思っていたけれど、なぜか機会がないままに読まずにきてしまっていた。

でもまさかこの本を最初に読むとは思っていなかったなぁ。

 

よく知られているように、チャトウィンの文学は壮大な土地を旅する人を書く紀行文学が有名です。当然世間はチャトウィンを紀行文学作家として認識していました。でも、実際は本人は紀行文学作家という肩書にはどうも不満があったようです。というかおそらくどんな肩書も不満だったのかも。常に新しい道を探し、型にはまらない生き方を選んで進む人だったようだから。この『黒が丘の上で』はチャトウィン3作目の著作で、”決して旅などしたことのないひとたちについて書こうと決めた”ときの作品でした。

 

舞台は、イングランドウェールズの国境沿いの農村地帯。

黒が丘の農地を買い取り、移り住むジョーンズ一家の生涯を丁寧に描く。父エイモス・ジョーンズと母メアリーの出会いまでさかのぼり、それから二人のあいだに生まれる双子のルイスとベンジャミンの生涯まで、一家に起こる悲喜こもごもを描いた壮大な家族の物語。

たしかに1歩も外には出ません。むしろ広大な農地を持つ田舎暮らしのくせに引きこもりの気さえあるという・・・。そんな内にこもった人たちの話なのだけど、どうしてかものすごいスケールを感じてしまった。

特に双子の晩年、これで血の流れを途絶えさせてしまうかもしれないとなったときに感じている、二人のあせりや圧迫感。はっきりとは明記されていないにもかかわらず、そういう感情がむき出しになってくる様子がじりじりと描かれていく。

何も起こらないのに、緊迫感ただよう。何も起こらないことに、ひりひりさせられる。

 

すごかった。

 

そして、この一家の独特な人柄も。

もちろん、家族一人一人性格や性質は違うのだけど、どこかみんなわたしたち日本人から見れば変わり者。頑固者でカッとなりやすい父エイモス、優しく包容力があるけれどこちらもなかなかの頑固者の母メアリー、優しいけれど少し臆病で家族の言いなりになってしまう兄ルイス、そしてしっかり頑固な血は受け継いだ上に、感受性も豊かな弟ベンジャミン。正直みんな激しくやっかいな性格です。

これはおそらくウェールズ人という独特の民族の人柄を、非常によく表しているんじゃないかと思います。わたしはウェールズには行ったことがないので、想像でしかないのだけど、イギリスに行ったときに近くまでは行きました。そのとき、わたしの中ではイングランドウェールズも同じイギリスくらいの感覚だったのだけど、現地の人たちの中ではもっとずっとはっきり線が引かれているのだと感じたのでした。もっと言うと、イングランド人はウェールズ人を見下しているし、ウェールズ人もイングランド人を毛嫌いしているような雰囲気がありました。おそらく宗教の違いとか、歴史上もいろいろあったゆえなのでしょうが、隣り合う民族同士もっと仲良くやればいいのにと、無責任に思ったことを思い出しました。

翻訳者の栩木伸明さんあとがきによると(このあとがきが素晴らしくおもしろい)、ウェールズ人はアイルランド人に似ているとのこと。なるほど、すごくよくわかる。

気難しくて、頑固で、酒好き、音楽好き、でも一度情を通わせるとすごく深い愛情を持った民族でもあります。

めんどくさいことはこのうえない。でも愛すべき人たちという感じかな。

 

チャトウィンはこのウェールズという土地を愛し、自らの故郷のようなものと思っていたようです。つまりはやっぱり変人だったんだろうな。その当時からすれば。

でもわたしはこの土地を愛してしまったチャトウィン自身にすごく興味を持ったし、ウェールズという土地にもやはり興味を持ってしまいました。

いつか訪れてみたいと心から思いました。

 

でもそれ以前にこの『黒が丘の上で』

読めてよかった。本当に傑作です。

非常に地味ではあるけれど、ことばに今はもうめったに見ることのできない力があります。

栩木さん訳も素晴らしかった。

 

さて、昨年から刊行が続いているチャトウィン作品ですが、みすず書房さんより先月『ウィダーの副王』という元は『ウィダの提督』というタイトルだったチャトウィンの2作目の作品が新訳で刊行されています。こちらは元々のチャトウィンのイメージ通り、アフリカでの壮大な物語だそうなので、気になる方はぜひ。

わたしもぜひ読みたい!

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