はじめての海外文学

頭がふっとぶほどおもしろい海外文学のお話や、イベント、本屋さんのお話など本にまつわることを中心に書いていきます

戦後70年の夏、今読みたいこの一冊『世界の果てのこどもたち』中脇初枝

戦後70年という節目の夏。

新聞各紙も連日それぞれコラムを書いているし、街の書店でも特設コーナーが設置されているところも多いですね。
さらに、安倍政権の安保法案が成立されるんじゃないかということで、各地でデモや議論が巻き起こっているので、今、改めて戦争について考えている人は多いんじゃないかと思います。
 
そんな特別な夏に、この本を読めて本当によかった。
『世界の果てのこどもたち』中脇初枝 講談社

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もう、発売から数ヶ月たち、いろんな場所で紹介されているのでご存知の方も多いでしょうけど、終戦記念日の近い今、改めてご紹介したいと思います。
 
それにしても、本当にこどもを書くのがうまい作家さんだなぁと思う。
『きみはいい子』のあの、変に子供染みても大人びてもいない、すごくリアルなこども像を読んで、わたしはものすごい勝手にこの人は信頼できる人だと感じてしまったんだけど、今回もやはりその思いはぶれませんでした。
 

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戦時中、親に連れられてやってきた満州で出会う三人のこどもたち。自分が何人(なにじん)なのかも気にせず、ただ目の前にある豊かな自然とともに、友情を育む。最初は来てよかったと思えた満州だったけれど、終戦とともにその状況は一変し、三人の運命も翻弄されてゆく。生きることに必死だった戦後。別々の道を歩んだ三人がたどり着いた人生を描いた物語。
 
この小説素直にすごいと思うのは、戦後の混乱をくぐり抜けて、三者三様に生き抜いていくところがクライマックスじゃないところ。人生はその後も続くんですよね。身体の傷は消えても、心の痛みはちょっとやそっとじゃ消えません。そこをしっかり書き続けている。そして、こどもたちの心情が本当にリアルに豊かに書かれているので、読んでいるほうは戦争を知らなくても、"戦争"というワードにいたずらに心を乱されることがありません。
 
つまりは戦争を題材にこどもを描いた、よくあるお涙頂戴ものなんかじゃなく、こどもたちの人生の中にあった戦争という状態をそのまま飾りなく書いたものというふうに、わたしには読めました。
 
みんなで分けあって食べたおむすび、一緒に競争しながら勉強した先生、おぶってもらって逃げた夜、本当の両親じゃないのに、心から大切にされた日々…
つらい現実の中のあちらこちらにさまざまな優しさが描かれる。そしてこれもまた現実なのです。
 
『きみはいい子』を読んだときにも思ったのだけど、やっぱりこの作家さんは最後は人間を信じてるんだよなぁ。
そこを信じてるからこそ、どんなに深い悲しみがあっても、人間の本質を見失わずにいられると思うのです。
 
人は弱い。でも愛があれば強くなれる。
世界はすべてこの単純な物事の上に成り立っているんじゃないだろうかと思います。愛なしで強くなろうとすれば、ひずんでしまう。戦争はどんな戦争も誰ひとり幸せにしないでしょう。だから今、本気でわたしたちはひとりひとり考えなくちゃいけないんじゃないかと思うのです。
 
うちも家族で最後の戦争を経験した肉親が、今お別れのときをむかえようとしています。
もっともっと話を聞いておけばよかったと思う。晩年になってしまうと、やはり話すこと自体が難しくなってしまって、何も聞けないままでした。今、まだ戦争を体験したおじいさん、おばあさんが肉親にいるという人は、ぜひ聞いてみてほしいと思います。それは本当に最後のリアルな声だから。
これから日本はまったく戦争を経験したひとがいない時代に突入します。
それがどういうことなのか、わたしにはまったく想像もつかないけれど、なんとなくそら恐ろしい。
やっぱり語り継がれなければいけないし、わたしたちはもう次の世代に語っていかなければならないよなぁと思うのです。
だからやっぱり本を読もう。そして、語り継ごう。負の歴史も。