はじめての海外文学

頭がふっとぶほどおもしろい海外文学のお話や、イベント、本屋さんのお話など本にまつわることを中心に書いていきます

『ハロルド・フライを待ちながら〜クウィーニー・ヘネシーの愛の歌』で知るハロルド・フライの本当の物語

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bookclub.kodansha.co.jp

初心者おすすめ度★★★★★

 

ページを閉じた瞬間、流れ込んでくる感情が止まらなくて、

もう思うさま泣いてしまいました。

こんなに完璧なラストは信じられない。

そう思ってしまうほど、美しいお終いでした。

 

前作、『ハロルド・フライの思いもよらない巡礼の旅』が大好きで、書店員だったころずっとずっと山盛りに平積みしてかなりのスペースをさいて売っていました。それに見合うだけ売れたのかは疑問ですが、それでも自分の短い書店員時代の中では一番愛着のある仕掛けだったと思います。

だから今回1作目は文庫になり、続編が出る(正確には姉妹編)と聞いたときには孫が出来たかってくらい喜びましたよ。ほんとに。だって海外文学で文庫化なんて一部のめぐまれた作品だけだし、ましてや姉妹編もでるなんて、、、ねぇ。

 

『ハロルド・フライの思いもよらない巡礼の旅』(ジョイス,レイチェル, 亀井よし子):講談社文庫|講談社BOOK倶楽部

 

だからもう読めただけでも幸せなんです。

でも、それが本当に傑作だったんです。

いやほんとこれ以上ないよろこび。

 

まずどちらも読んでいない方のために少しあらすじを説明すると、

『ハロルド・フライの思いもよらない巡礼の旅』は定年を迎えて家でずっとぼんやりすごしているハロルドじいさんの元に、昔の同僚から1通の手紙が届く。そこにはガンで余命わずかであることとお礼がしたためられていた。ショックを受けたハロルドはとりあえず返事を出すためにポストまで行くが、なんとなく投函できずに次のポスト次のポストと歩くうちにそのまま彼女がいる800Km先の街めざして歩き出してしまう。自分が歩いているうちは彼女は死なないと信じて。

 

というむちゃくちゃパンクロックな話が前作です。

 

そして今作は、そのハロルドの昔の同僚クウィーニーの視点で綴られたもうひとつの物語。

実はクウィーニーにはハロルドに言っていなかった秘密があった。

その秘密を最後にうちあけようと、ハロルドがやって来るまでのあいだにつづった手紙が今作という形です。

 

前作ではほぼひたすらハロルドとその妻モーリーンの視点で語られていて、思い出の中がメインだったクウィーニーですが、今回はクウィーニーの考えていたこと、クウィーニーから見たハロルド、そしてハロルドの息子デイヴィッドのことなどが事細かに語られ、前作では見えてこなかった視点が見えてきます。

それがこの物語にものすごく深みを与え、また違った色で見えてくることがすごく新鮮でした。

 

ハロルドは歩くことによって、一歩一歩過去に戻り、自分を振り返り、知らず知らずのうちにふたをしてしまっていた自分の心の中にも、一歩一歩降りていくことをしますが、クウィーニーも同じように、でもこちらは書くことによって自分の心のふたを少しずつ開いていきます。

それはときにかさぶたをはがすような行為でもあり・・・。

決して簡単な告白ではないために、読んでいるほうも思わず息がつまる場面があります。

でもところどころ挿入される自然の描写が本当に美しく。それがよりいっそう人生の儚さやあるがままの姿でいることの美しさを際立たせて、物語に色を添えています。

 

1カ所だけご紹介させていただくと

 

「『ミントのかおりを嗅ぎたい、クウィーニー?』とシスター・キャサリンの声がしました。シスターは茎を一本摘み取り、指のあいだで葉をつぶしました。夏を飲みこむようなすてきな気分でした。」

 

というところ、もう好きで好きで、、、、何度繰り返し読んだことか。

 

一作目の方でもハロルドが見つける道ばたに咲く花や、自然の描写が本当に繊細で美しかったことを思い出しました。

 

もうひとつ、クウィーニーがいるところは修道院のホスピス。当然まわりにいる人たちは死を目前にした人たちなのですが、みんなの会話がとてもユーモアにあふれていて決して暗い雰囲気だけじゃないこと。そしてみんなハロルド・フライをクウィーニーと一緒に待つことで強くなっていくこと。少しずつ変わっていく人たちをとても自然に描いていて驚きました。

 

この物語はふたつではじめて完成する物語だったんだなと思いました。

一作目しか読んでいなかったときに比べ、より深いレベルで作品と向き合うことができた気がします。

 

ふたつの物語には人生の喜び、悲しみ、輝き、過ち、そして生と死、すべての愛がぎゅっとつまっておりました。
 
方や歩く人、方や歩いてくる人を待つ人、ふたりの気持ちがまったく同じ方を向いているわけじゃないこともそれでいいんだと思いました。結局は自分の人生なのだから。
 
悲しいことはたくさんあるし、取り返しがつくわけではないんだけれど、それでも一歩一歩足を前に運ぶこと、それがだいじなんだと思います。
 
そして、あのラスト!
せつない!!
なんてせつない最後なんだろうと思ったけれど、でも完璧なラストでもありました。
著者のやさしさがつまった終わり方でした。
 
人生とは木を見て笑うこと。
人生とはミントのにおいを嗅ぐこと。
人生とはデッキシューズで歩き続けること。
 
なんとでも言えますがその人生とは愛なんだと思いました。
それをハロルドとクウィーニーは教えてくれました。
 
この作品に出会えて本当によかった。
これは折りにふれて幾度も読み返していく大切な本になるでしょう。
 
そしてわたしもいつか、どこかへ向かって歩き出したいな。
行き先は今はまだどこかわからないけれど、ポストに行くついでにふらりといつもの靴で。